初めに。

ここは私ことテリー・ライスが主に漫画や音楽やアニメや小説、映画などの感想を好きに語るブログです。
あくまで個人の感想である事にご留意よろしくお願いします。


サイト名のIn Jazzとは音楽ジャンルのジャズではなく、俗語の意として「熱狂」とか「たわごと」の意です。
好きなことを語れたらいいなあという思いを込めて。
更新はかなりの不定期になってますが気が向いたら、書く方向になると思います。


※2019/1/1追記
はてなダイアリーの2019年春サービス終了に伴い、はてなブログに移行しました。
移行するにあたって、ブログの看板名も少し模様替えして、「What's Going On」を付け加えています。マーヴィン・ゲイのアルバムタイトルからの引用ですが、そんなに問題提起するつもりではなくなんとなくノリです、ノリ。まあ、「自らの熱狂の中で何が起こっているのか」みたいな感じで、これからも変わらずマイペースに行きたいと思いますのでよろしくお願いいたします。


それとtwitterでもつぶやいてます。なんだかこっちがメインっぽくなってますが。
テリー・ライス (@terry_rice88) | Twitter

「少女☆歌劇レヴュースタァライト」アニメ#9 先行公開版

※注意

本記事は「少女☆歌劇レヴュースタァライト」9話感想の先行公開版となります。完成版が書き上がり次第、この記事は削除いたします。

~説明~
えー。ご無沙汰してます。旧ブログから続けております、「少女☆歌劇レヴュースタァライト」の感想。TVアニメ終了から9ヶ月あまり、TVアニメ開始からいよいよ1年が経とうとしているこの頃ですが、依然として執筆中です。お待たせしている方々には大変申し訳ない。本文にも書いてありますけどもこちらのモチベーションの問題などによる執筆の遅れ等々で想定している結びが未だ見えてこない状況です。
ここままでは埒が明かないので、書いているという証明も含めて一旦、先行公開として書けている分の1/3程度を公開することに決めました。自分が小難しく考えているのかもわかりませんが、9話の内容が非常に歯応えがあって、四苦八苦しているという事を感じていただければと思います。思い切り途中で尻切れトンボになっていますがご了承ください。
当ブログで書いた過去の感想の振り返りも含めた文章なので今までのおさらい的に眺めていただければなと。全体の進捗がまだ想定している3割くらいで、そこからさらに1/3の内容なので心苦しい所ですが、まだはてなブログに移ってから感想を投稿できていない現状を考えると、ひとまずの置き場所として投げておくのも悪くはないのかな、という次第です。もちろん完成版が書き上がりあかつきには、こちらの記事は削除いたします。
本文はずっと大場なな(ばなな)を追っています。7話以降繰り広げられてきた、ばななのエピソードの総決算的な内容だからこそ、あれやこれや盛り込もうとしているので、完成にはまだ時間がかかりそうですがいましばらくお待ちいただけばと思います。
長々と言い訳がましく書いてしまいましたが、以下より本文です。大事なことを何度も繰り返しているので、回りくどいかもしれませんがご一読いただければ幸いです。



第9話『星祭りの夜に』
今回からBD-BOX最終3巻収録内容です。7話から続いていたばななのエピソードと戯曲『スタァライト』の全体像がおぼろげに見えてきた回でした。最終巻のトップバッター回として、今まで伏せられていた情報が開示されていくのに、こちらの処理が追い付かない程には密度のあるものだったかと思います。
さて、更新の日付を見ても分かる通り、この9話の感想はすでにアニメ版最終話が放映された以降に書かれているものになります。筆者も既に最終回まで視聴済みではありますが、延長戦という体で感想を続けさせていただく事をご了承ください。理由は簡単で、いろいろ考え込んでいたら書くペースがどんどん低下していったという、よくありがちなものです。ここまで続けたのならやはり完走はしたいし、一方でリアルタイムで更新できなかったのが心苦しくもありますが、どちらにせよ最終話まで書いていけたらなと考えています。更新のペースはさらに落ちてしまうかもしれませんが、最後までお付き合いいただければと思います。物語の結末は知っていますけど、なるべくそこを意識せずに残りの話数を書いていくつもりです(説明の必要性があって先回りして語るかもしれませんが)。それにまだ作品展開が完全に終わったわけではないですし、こちらとしてはじっくり納得の行く形で書き上げて行きたいですね。なので、気長にお待ちください。

www.nicovideo.jp

今回も舞台版の筋も含むネタバレですので読み進める場合は以下をクリック(スマホなどで読まれている方はそのままお進みください)

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音楽鑑賞履歴(2019年5月) No.1316~1326

月一恒例の音楽鑑賞履歴。
令和に元号が変わって、最初の月の音楽鑑賞履歴です。
11枚。
ちょっと復調したかなという感じですね。色々と趣味の兼ね合いがあって、なかなか聞けない時があったものですから。ジャンルもフィリー・ソウル、アニソン、ポストパンク、クラシックロック、テクノといった風に雑多に聞けた感じでしたね。もうちょっと数聞きたい感じもしますが、こんなもので。まあ、Spotifyを使い出してから合間に聞けるようになってますが、やっぱりちゃんと聞きたいですし。そんな感じでのらりくらりと行きたいですね。
というわけで以下より感想です。


72年発表5th。大ヒットした同年発表の前作からわずか10ヵ月後に発表されたアルバム。ブレイクした勢いそのままに、アル・グリーンから搾り出される儚げなファルセットボイスとそのHi-サウンドの甘美な響きが絡みつくスウィートな内容。極めて、「歌声」にフォーカスしている一方で演奏の下支えが心強い
どうしてもファルセットに目にいきがちだが、サザンソウルのマナーに忠実なグルーヴのディープさとキレのあるホーン・セクションがアル・グリーンのくぐもった様な篭りがちにうねる歌声を味わい深くさせる。歌と演奏の絡み付き方が堪らなく粘っこい。粘度の強い蜂蜜を味わっている濃厚さが印象的だ。
独特な歌声が高く伸び上がるのも、演奏の天上感があってこそで、Hiサウンドのタメと開放感は全て、歌唱へと貢献しているものだと感じられる。非常に甘美で濃密な愛の世界が展開されているが、演奏、歌唱ともに当時の飛ぶ鳥を落とす勢いを感じる好盤ではないかと。スウィートソウル入門としてもオススメ


72年発表4th。アル・グリーンというシンガーとHiサウンドを一躍世に知らしめた出世作。1曲目からして、ソウル・クラシックであるアルバムタイトルトラックが来て、アルバムの存在感を強めているのが目を引く。内容はスウィートさとは裏腹に、かなりタイトでアーシーなサウンドが続くが面白い。
Hiサウンドを育んだメンフィスがアメリカ南部の地であることからも、本作のサウンドは非常にサザンソウルらしいディープな泥臭さがあり、タイトでヘヴィなビートにホーンの金属音が切り込んでくる。アル・グリーンの歌も以降のファルセット多用というよりは、そのアーシーな演奏に寄り添ったものである
粘っこいだがしつこくない、時折ブルージーさを感じる演奏に、アル・グリーンは朴訥に朗々と歌い上げる。この段階ではファルセットもそこまで多用しておらず、男臭いが同時にナイーヴな印象も受ける、既に老成した味わい深いヴォーカライズがやはり魅力的だ。
後の作品に比べると、サウンドの濃密さには及ばないが、シンプルかつ粗野な引き締まった演奏と歌唱が返って、シンガーの魅力と実力を引き出している名実ともに名盤なのではないだろうか。実際、聞いてみると意外に奥の深いアルバムだ。ソウルを聞くなら一度は聞いておきたい歴史的な一枚かと。


Candy☆Boy(DVD付)

Candy☆Boy(DVD付)

07年発表3rdSG。韓国人歌手MEILINの楽曲、という以上に「アニメ2.0」と呼ばれたWebアニメ企画「Candy☆Boy」の最初の楽曲としての認知度が高いと思われる。DVD同根版には0話ともいえる短編アニメ(ニコニコ動画にもアップロードされているはず)とアニメ映像を使用したMVが収録されている。
そういった出自の楽曲ではあるが、肝心の内容といえば2step調のリズムが目立つK-POPという印象で、当時としても紋切り型のサウンドであることは否めないか。そういう点では00年代後半初頭の雰囲気が蘇ってくる楽曲でもある。アニメと合わせてのパッケージングという向きが強い。
カップリングに矢井田瞳「My Sweet Darlin’」がなぜかラップパートを挿入されたカバーで収録。こっちも、音圧高めの当時らしいアレンジ。いずれにせよ、そこまで目新しい感じではないが、アニメ「Candy☆Boy」のファンならDVDソフトに収録されていないエピソードが付いてくるので持っていて損はないかと


Bring up・・・LOVE(夏服仕様ジャケット)

Bring up・・・LOVE(夏服仕様ジャケット)

Bring up・・・LOVE(冬服仕様ジャケット)

Bring up・・・LOVE(冬服仕様ジャケット)

08年発表主題歌集。ニコニコ動画で配信されたWebショートアニメ「Candy☆Boy」の主題歌集。楽曲プロデュースが「少女革命ウテナ」のOP曲「輪廻-revolution-」の作編曲をしている矢吹俊郎によるものとなっている。四つ打ちハウステクノに煌びやかな楽器の装飾音が散りばめられ、劇的に盛り上げる。
コーラスのゴスペルっぽい響きなどもあって、祝祭めいた開放感もあるのも拍車を掛けており、90年代の小室サウンドをも彷彿とさせるが、底地に見え隠れするブラックミュージックの要素が時代に囚われないグルーヴを出しているように思う。この辺り、素地がしっかりしているから、普遍さがあるのだろう。
ちなみにジャケットが夏服と冬服でカップリングの収録楽曲が違う上、2バージョンともにDVD同根版(収録内容はほぼ同じ)が存在する。こちらもDVDには本編DVD未収録エピソードが収録されているため、作品のファンはぜひ揃えておきたい。どちらにしても作品に寄り添った良い楽曲集という印象だ。
以下がDVD同梱版のリンク。
Candyboy主題歌(DVD付)

Candyboy主題歌(DVD付)

Bring up・・・LOVE(冬服仕様ジャケット)(DVD付)

Bring up・・・LOVE(冬服仕様ジャケット)(DVD付)


80年発表2nd。度重なる延期と発売中止の末にようやく再発売されたポストパンクの代表格、ザ・ポップ・グループの二作目。なのだけど、版権問題の紆余曲折があって、元々収録されていたラストポエッツの参加した「One Out of Many」から当時のシングル曲「We Are All Prostitutes」に差し替えられている
この為、リリース当初の内容が完全収録とはなっていないのが惜しいところだが、アーティストの意向としては今回のリイシューこそが「アルバムの完全な形」ということだそうなので、これが決定盤ということなのだろうと思う。というわけで今回は16年再発盤のレヴューとしたい。
さて肝心の内容は前作に施されていたダブ処理が鳴りを潜め、演奏の肉体性と凶暴性が増大している。とにかく「怒り」に満ちたサウンドで、甘ったるい感傷や夢見がちなロマンティックさは一切皆無。録音当時、バンドはほぼ解体状態で、録音もメンバーの衝突が茶飯事であった事もあり緊張感がスゴい。
まさしく抜き身の怒りによって、奏でられる音楽はファンクを通り越して、アフリカンリズムにまで接近し、その躍動感によって肉体的な暴力性を剥きだしている。そこに当時の英国の社会事情も絡み、歌詞は社会・政治批判を多分に含んだ扇動的なもので、演奏・歌詞の両方から「怒り」が溢れ出す。
ファンク、アフリカンミュージックにケルトやNWサウンド、非ロックのありとあらゆるものが渾然一体となって、ポストパンクの塊となって繰り出されるサウンドは非常に濃度が濃いもので当時20歳前後の若者たちに満ちていた鬱屈した感情がぶち撒かれている点だけでも盤として輝く理由として申し分ない。
程なくしてバンドは3rdアルバムの完成を待たず解散。メンバーはそれぞれ活動を続けていくが、その後の活動で繰り広げられる要素が本作には目一杯詰め込まれている。未分化ゆえの可能性が詰まっていたといっても過言ではないが、もはや再現不可能な青春という感情の無軌道な爆発が記録された一枚だろう


ザ・ゲーム

ザ・ゲーム

・80年発表9th。彼らのアルバムでは英米の両方で1位を獲った作品として知られる。前作が70年代を総括したアルバムだと考えるなら、本作は80年代の幕開けを象徴するものだろう。既に導入しつつあったが本作でついに「ノー・シンセサイザー」の表記が消え、冒頭から鳴り響いている。
内容も当時のパンク/NWの波を受け、メジャー級のバンドがその文脈で自分たちの音楽を表現するとどうなるか、というのを地で行くものとなっている。大ヒットした3や5はそういったファンクを経由したポストパンク後のダンスミュージックやロックリヴァイバルとしてのプレスリーだったのではないかと。
70年代の全盛期のような大作主義は影形もないが、クイーンらしい華やかなポップスは席巻していた新しい息吹をまとって、刷新されていたと思うのだが、3がヒットした手応えでよりブラックミュージック、ダンスミュージックへと舵を切ってしまったのは勇み足だったのかもしれない。
もちろん手応えがあったからに他ならないのだが、やはり受けた理由は時代の波を上手く取り入れられたからであって、少なくともダンスミュージックだったからというわけではなさそうだ。無論次作も出来は悪くないのだが、その商業的失敗の遠因には本作が売れた事による認識の誤りがあったのは疑いない。
そういう点では罪作りなアルバムでもあるが、それでもこの作品の軽すぎず重すぎずのポップな質感と蛍光灯のような明快な雰囲気はやはり魅力であると思うし、彼らのポジティヴがよく表れた一枚だろう。彼らはこのアルバムの成功とともに前途多難な80年代の一歩を踏み出したのだった。


ライヴ・フロム・ザ・ショーボート

ライヴ・フロム・ザ・ショーボート

76年録音盤。フィル・ウッズアメリメリーランド州ライヴハウス、ショーボート・ラウンジにて76年11月に録音したライヴ盤。以前は収録曲を削っていたバージョンが出ていたが今回はライヴの内容を完全収録した二枚組アルバムとなっている。演奏の方は非常に熱気のあるもの。
ライヴパフォーマーとして定評のあるフィル・ウッズのサックスはエネルギッシュかつ伸びやかにブロウする。当時の充実振りが伝わってくる演奏で、ソロパートになると文字通りアルトサックスの野太いフレーズをこれでもかと、自由闊達に吹きまくるウッズの姿が目に見えてきそうなほどだ。
ウッズの脇を支えるメンバーも気を吐く。70年代後半というフュージョン全盛時代というのもあってか、全体にシャープで硬質なサウンドで聞き心地も非常にクリアなトーン。その分、音の粒立ちがよく、サックスなどの音とともにリズムの躍動感が素晴らしい。非常にタイトなビートによって演奏が際立つ。
圧巻はDisc2に収録の21分超の「ブラジリアン・アフェア」。縦横無尽に各楽器が雄弁に語り合う光景にはただただ圧巻というほかない。約二時間の内容があっという間に聞けてしまうベストパフォーマンスといっていい演奏が楽しい一枚。ジャズにおける名演の一つかと。
このライヴの翌年、フィル・ウッズビリー・ジョエルの大ヒット曲「素顔のまま」のサックスソロで客演することとなる。そういう点からも円熟味の増した芳醇な演奏とも言えるでしょう。


Drukqs [帯解説 / 2CD / 国内盤] (BRC557)

Drukqs [帯解説 / 2CD / 国内盤] (BRC557)

01年発表5th。テクノ界の奇才、リチャード・D・ジェームスのもっと有名な名義であるエイフェックス・ツインの00年代にリリースした唯一のアルバムにして二枚組の大作。元々アンビエントテクノをリリースする名義だったのもあり、それらをメインにごった煮な内容となっている。
エリック・サティジョン・ケージに影響受けた自動演奏ピアノ楽曲や、エイフェックス正調であるコーンウォールサウンド、奇妙な電子音が飛び交うリズムクレイジーな楽曲、アブストラクトテクノなどなど前衛スレスレの所で聞かせるテクノ=IDMを縦横無尽に鳴り響かせている。
そういったリチャードの音楽性がごった煮されている中で、全体のトーンは瞑想的でもあり、自然とアンビエントな陶酔感に満ちたものとなっていて、身を委ねて聞いていると何かか覚醒するような恍惚も感じられる。個人的にはその中でもアコースティックな静謐さを秘めたピアノ曲などが興味深く聴けた。
ドラッギーな感覚というよりは感情の澱が積もっていく中でなにかしらの意味が導き出されそうなインナーミュージック然としたアルバムだと思う。なんというか宗教音楽などにニュアンスが近いかもしれないが、それをクドさなく軽やかにかつ狂気的に聞かせる作品かと。奇才という相応しい内容だった。


Orbital 2

Orbital 2

93年発表2nd。80年代末~90年代初頭のアシッドハウスに代表されるハートノル兄弟によるテクノユニット。セカンド・サマー・オブ・ラブアシッドハウスムーブメントの流れを汲んだ、ドラッギーでトランシーなハウステクノが展開される、当時の王道的なサウンドが聞けるのが特色。
現在のテクノ・エレクトロシーンの音に比べると、モコモコとした音像と例えれば画素の荒い、アナログな肌触りが残るキックとメロディ、ミックス感がいかにも人間くさい印象を与える。しかしそれが悪いというよりも、隙間の多いシンプルな構成だからこそ、プリミティヴにノレる作りとなっているのが良い
この時期はまだまだドラッグ文化とも結びつきが強いためか、トラックもサイケな質感が多いの特徴だ。この時期のテクノに多用されるシタールの幻惑的な響きやジャミロクワイとも呼応するディジャリドゥの音など、キメた時にトリップを促すような音が盛り込まれているもの時代の雰囲気を感じさせる部分だ
音自体は今の耳には若干古臭くもあるが、現在に繋がるテクノシーンのベーシックな部分を形成したアルバムの一つでもあると思う。ここから日本のアーティスト、たとえば電気グルーヴなどに辿りつけるのであるから、テクノ好きなら一度は触れておいても損はない名盤だろう。シンプルゆえに響くものもある


ドラムジラ

ドラムジラ

96年発表日本独自編集盤。アシッド・テクノ・シーンでその名を馳せたDJ、ティム・テイラーとダン・ザマーニによるプロジェクトユニットの楽曲を編纂したアルバム。リミックス違いを含む全10曲、すべてがフロア仕様のキラーチューンばかりのアシッド・ハウス・アルバムとなっている。
メロディや鳴り物はほぼ最低限に、トライバルなアフリカンリズムと四つ打ちキックのビートを中心に据えた、極めて潔い、なおかつプリミティヴにリズムの快楽を伝えてくる楽曲がアルバム全編に渡って、暴力的に鳴り響く内容となっており、フロアではない場所で聞いていると、自然にリズムを取りたくなる
フロアでアガって踊り尽くすのにメロディなどいらない、心駆り立てるビートがあればよい、というとてもストイックにアシッドハウスに向き合いながらも、オーディエンスのことを常に意識した作りになっているのがなにより本作を惹きつける魅力なのではないかと思う。ビートだけでご飯三杯は美味しい良盤


以下はレヴューの該当盤ではないが、近しい収録内容の編集盤として参考までに掲載しておきます。

音楽鑑賞履歴(2019年4月) No.1309~1315

月一恒例の音楽鑑賞履歴。
平成から令和へ。
元号の変わり目なんていう、滅多にない出来事を経ての最初の定期記事更新です。
相も変わらず、7枚という体たらくですが去年に比べたら聞いてますね。
今回は割りと雑多に。ブラックミュージック系が多い感じでしょうか。
一番最初のJAGATARA「裸の王様」のレビューが長々と書いてます。
令和年間が良い時代になることを祈りつつ。
というわけで以下より感想です。


裸の王様(紙ジャケット仕様)

裸の王様(紙ジャケット仕様)

87年発表3rdでオリジナルアナログMixを使用した07年リマスター盤。これより一つ前のリイシューである99年盤は初CD化の際に、レゲエ畑のエンジニアであるゴドウィン・ロギーがミックスを施したものとなっている。今回レビューをする、07年盤は20年の時を経て、当時のアナログ盤のミックスが初CD化された
聞き比べるとボトムラインの重低音を中心に据えて、アルバム全体の統一感を出しているゴドウィン・ミックスに比べると、オリジナルミックスは収録曲の個性がそれぞれ際立つミックスになっていて、曲ごとの印象がより鮮烈なものになっているのが大きな違いだ。故にアルバムの印象がまったく異なる。
重低音を全体に高めることでアルバムのトーンと演奏のグルーヴが強く意識され、「裸の王様」というアルバムの像が浮かび上がってくる、ゴドウィン・ミックスは同じ場で演奏されているような錯覚もあり、各曲のトーンが均質化されているのが分かる。グルーヴの整理整頓がされているのは一つの判断だろう
対して、オリジナルミックスドンシャリ感の強いミックスで「一曲完全燃焼」という印象が強く、一曲ごとのプレイヤーたちのエネルギッシュな熱量が迸っている。曲ごとの様相がころころ変わるので、全4曲ながらリスナーが心地よく「疲れる」一枚であることは間違いない。
事実、ゴドウィン・ミックスを先に聞いていると、オリジナルミックスの楽曲たちの鮮やかな表情に驚く。アフロ・ファンクな「裸の王様」で幾度となく繰り返されるリズムのキメにブチ上がり、「岬で待つわ」ではラテン・ファンクの細分化されたホットなパーカッションリズムに温度は上がるばかり。
「ジャンキー・ティーチャー」はここまでNW・ポストパンク色を帯びた演奏だったのかと驚かされ、ラストの「もうがまんできない」ではレゲエのクールネスな響きとサヴタージな悲哀と皮肉が押し迫り、アウトロでの残響の余韻がたまらなく印象的だ。と、このように濃度の高さが肌で感じられる。
個人的にはゴドウィンミックスの纏まりの良さも嫌いではないが、オリジナルミックスの際の美味しい部分だけを集めたような、メリハリのついたサウンドを先に聞いていると見劣りしてしまうのも頷けてしまう。また99年盤はミックスの際に江戸アケミの要望で一部楽曲のボーカルが録り直されている。
その辺もネックとなって、ファンの不興を買っているのは事実ではあるが、全体に音がオリジナルよりも分厚くなっているゴドウィンミックスは今聞くと現代的な音のようにも聞こえなくないから、良し悪しといった所。内容的に名盤である事実は変わらない。入手困難ではあるがファンは一度聞いてみてほしい
※99年盤のレヴューは以下のリンクにあります。
terry-rice88injazz.hatenablog.jp


じゃがたら/JA・BOM・BE (UKI UKI)

90年発表ライヴ編集盤。インディーズで出していた2枚のライヴ音源EP「UKI UKI」と「JA・BOM・BE」を2in1した編集盤。それぞれ前者が86年9月、後者が87年12月に行われたライヴを収録している。時期的にインディーズ時代末期で、中間に挟まれたリミックス曲を境に様相が変わる。
収録曲は基本1st「南蛮渡来」のものとイアン・デューリーのカバーが1曲。しかし、演奏の雰囲気は全く趣を異にする。「UKI UKI」収録の3曲(リミックス曲もこちら)はバンドのホットで猥雑な部分が展開される扇情的な演奏。時代的な音(圧)の弱さが災いしてガツっとした重量感はないがグルーヴ感は強い
印象深いのは後半「JA・BOM・BE」収録の「クニナマシェ」と「タンゴ」。どちらもバンドの代表曲であるが前半に比べて、こちらはクールかつ醒めた印象の演奏で土着的なリズムが響く中、死の淵や社会への諦念を感じさせる、凄みのある演奏。印象には弱いが「タンゴ」にはミュートビートの小玉和文が参加
1st収録曲のライヴテイクという貴重さもあるが、内容的にはバンドの生々しい演奏が聞けることが主眼となった内容といえるかと。しかしこれだけ磁場が強いバンドだとやはり生でライヴを体感することが一番なのだろうけど、それが叶わない事だけが悔やまれる。一度体感してみたかったと思わせる一枚だ。

Esso Trinidad Steel Band

Esso Trinidad Steel Band

71年発表1st。石油会社で有名なエッソがトリニダード・トバゴに投棄していった質のいい鉄製ドラム缶を使って、現地人がスティールパンを作り、楽団を結成したところ、評判になってエッソがスポンサードして出したアルバム。そしてバンドのプロデュースにかのヴァン・ダイク・パークスが関わっている。
彼のプロデュースによって、スタンダードポップスなどしか演奏していなかった彼らがキンクスサイモン&ガーファンクル、ジャクソン5、当時のミュージカル「ヘアー」の劇中歌などを本作でカバー。スティールパンの響きが十全に伝わるポップな味付けとなっていて、内容の出来に一役買っている。
スティールパンの独特かつ柔らかな金属音によるメロディの響きと、そこにドラムやパーカッションのリズムが加わり、カリプソなどのカリビアンミュージックがアルバム全体の眩しいくらいの陽気さを生み出していて、とても楽しそうな演奏が聞こえてくる。71年という時代を考えても底抜けに明るい。
そういった世情や時流を抜きにしても、伝わってくるのはスティールパンのあの響き。このきらびやかな音を聞いてるだけで桃源郷にいるような感覚に浸れる、甘露のような音楽であることが何よりも耐え難く、音楽そのものの魅力が伝わってくる。当のヴァン・ダイク・パークスが惹かれたのも頷ける良盤だ

Roy Buchanan

Roy Buchanan

72年発表1st。ローリングストーンズにメンバーとして誘われたこともある実力派にして、世界一無名なギタリスト(手違いでそう呼ばれたそうだが)の異名をとる、ロイ・ブキャナンのソロ初作。ジャケットからも分かる、無骨な印象そのままのテレキャスターが鳴り響く。
内容はロックというよりは、出身地であるアメリカ南部アーカンソーに根ざした、ブルースやカントリーウェスタン調の楽曲がメインだが、彼のテレキャスターから奏でられる硬質なギターフレーズがシャープに響き渡るのが印象的だ。最低限のバンド構成だけのきわめてシンプルな演奏がそれに拍車をかける。
余計な装飾がない分、ギターの金属質な音がエモーショナルに鳴り、心を揺さぶる。曲よって、その表情は豊かに変わるが、やはりテレキャスターの音がなんと言っても滋味深く、そして時に素っ気無く、付かず離れずな味わいが良い塩梅だ。その奥行きの深さに浸る一枚だろう。32分ほどの短さだが味は深い。

Electric Ladyland

Electric Ladyland

・68年発表3rd。ダブルアルバム(当時)の大作で、初期三作の中では一番ブルース色が濃いアルバム。スティーヴ・ウィンウッド率いるTrafficのメンバーなどゲストが多数参加している。サイケデリック色が後退している分、ブルージーで骨太いサウンドが特徴的。特にギターの熱気と音の分厚さがすごい。
ディランカバーの「見張り塔からずっと」や代表曲「ヴードゥーチャイル」などが目立つが、中盤(レコードside2~3)のポップな楽曲の粒立ちの良さもアルバムの充実度に貢献してるように思う。75分超と今も当時も量的にはかなりの大作ではあるが不思議と長さは感じさせないのど越しの良さには驚くばかり
それもジミによる練り込まれた楽曲と天性の即興能力が絡み合って結実したものであることには間違いなく、今なおリズム・メロディ・アレンジに新たな驚きと発見があることがそれを物語っているように思う。センス・オブ・ワンダーが時代性を超越しているという証拠のような驚異的な一枚ではないかと。

A(エース)

A(エース)

・97年発表7th。彼ら最大のヒット作にして、一般にまで知名度を広めたことでも知られるアルバム。ロングヒットした「Shangri-La」が収録されている事でも知られている。続く次作に比べると、音楽然とした楽曲が立ち並ぶが、同時に電気グルーヴらしいアシッドなテクノが全面に押し出されている。
持ち味でもあるユーモラスかつ毒気を感じるコミカルさとクールなトラックが絡み合い、奇妙な酩酊感があるのは彼らの真骨頂といったところ。アルバムとしての完成度が高い反面、「Shangri-La」もそうだが、全体に即効性に乏しいトラックで占められているので、ジワジワと利いてくるサウンドという印象。
ユニット名よろしく、グルーヴが渦巻く一枚となっており最大のヒット作にも拘らず、かなり玄人好みな内容にも聞こえなくないか。意外とスルメ系の良盤なので、魅力を実感するには何度か聞き返してた方が吉か。本作を最後にまりん(砂原義徳)が脱退。以降、卓球&ピエールの二人体制に。

The Gold Experience

The Gold Experience

・95年発表15th(本人単独名義で)。前作で「プリンス」という名義を葬り、3年前のアルバム「Love Symbol」で登場した記号をアーティスト名にした、最初の一枚。所属のレコード会社との確執による結果なのではあるがこの後、しばらくこのややこしい名義での活動が続く。
とはいえ、内容は気を吐く勢いで漲った、エネルギッシュな作品だろう。プリンスらしいクセの強さを物語る、ロックともファンクともつかない鋭い演奏がHI-FIな印象で密度高く聞こえてくる。しかしそうはいっても80年代のポップな作風と比べると、濃密なブラックミュージック然としたサウンドだろう
だからなのだろうか、ロックミュージック的な勢いのある曲よりはミッドテンポでうねりのある曲の方が味わい深く、魅力的でもあるか。めくるめく官能の世界というか、プリンスサウンドのねっとりとした、濃い世界が繰り広げられる点では90年代の作品の中でも最良の形で提示している。
一口目が非常に飲み下しづらいが、それを乗り越えてしまえば、あら不思議。タイトルの通りの「黄金体験」が堪能できるアルバムではないかと。苦闘が続く、雌伏の時期であることを感じさせない、プリンスがプリンスたりうる音楽が所狭しと押し寄せてくる。ギラギラしてるけど美しさのある一枚だ。

音楽鑑賞履歴(2019年3月) No.1302~1308

月一恒例の音楽鑑賞履歴。

今月は7枚です。少し復調。

最近、TwitterのTLから流れてくる新譜の情報を元にSpotifyで聞くということもしてますけども、本記事は基本的に購入物のレビューなのでTwitterのつぶやきは含まれない方向で書いてますので悪しからず。なんというか定期更新用の生存報告記事ですので、向こうは向こうで見ていただければなと思います。
しかしまあもう今年も1/3が過ぎてしまいました、早いものです。
3月はなんとなくGrapevine特集となってます。リリース順に買ってないのでアルバムの順番が前後してますが。それはそれとして。
書いてるのは4月なので、新元号「令和」が発表となって色々と世間が賑わっていますが、このブログはマイペースに行きたいと思います。
というわけで以下より感想です。


イデアの水槽

イデアの水槽

03年発表6th。ガレージロックとソウルの影響が色濃く出たアルバム。そこにUKのギターロック的な荘厳さがかすかに感じられ、アメリカンな黒さと英国的なシニカルな野暮ったさが同居してるのがなかなか興味深いし、面白い感じ。ボトムラインに重きを置いているためか、骨太なギターロックがより強靭に。
心地よくうねるベースライン、跳ねるビートにガレージロックというかギターロック的なザクザクとしたリフが重なって、グレイプバインならではというバンドスタイルが出来上がっていて、呼応するようにボーカルがシャウトする。歌っていて気持ち良さがあるのだろうなと思わせるエネルギッシュな演奏。
後追いで聴いているせいもあるかもしれないが、この時点でやはり相当にソウルミュージック的な黒さを滲ませているのが目を引く。もちろんバンド名の由来がマーヴィン・ゲイの曲だというのは百も承知だが、本作に至って、その影響を素で出せているようにすら思う。ダークさも含めてソウルフルな快作かと


VOXXX

VOXXX

・00年発表8th。大ヒットした前作の余波を受けて制作され、前作以上に作りが過激になった感のある一枚。楽曲ともコントともつかないものが入り混じり、シニカルな毒気とコミカルなユーモアが渾然一体となって、ドラッギーに構成されるミックスパーティといった趣がとても強い。
その根底にはYMOスネークマンショーの影がちらつきながらも、ジャーマンテクノやアシッドハウスの影響も包み隠していない、分厚いシンセとゴリゴリのキックを滝のごとく浴びせられる。その上でミックスの切り替わりが恐ろしくスムーズで流れてくるリズムとメロディによって、自然とノセられていく。
構成もきわめてクレバー、後半の盛り上がり所でアルバムに提示されていたシニカルとコミカルがピークで混ざり合い、一気にブレイクしていくのはただ快感でしかないだろう。それでいてミュンヘンディスコらしい下世話さとパチンコのようなフィーバー感覚が重なり合わさり、日本らしい感触にもなっている
笑い(コミカル)とアジッドハウスが混ざり合って、乱痴気騒ぎに祝祭感を伴うのがえらく日本っぽさを感じさせるわけだが、この領域に到達してるアルバムもあまり類を見ないか。海外のシーンに目配せしながらも、日本のテクノも見事に提示しているアルバムだと思う。

d e racin e

d e racin e

05年発表7th。前作との間に一枚ミニアルバムを挟んで、発表されたアルバム。前作に比べると、ざらついた感触のギターロックにブルージーな憂いの表情とうっすらウェストコースト的なアーシーさも目立つか。ベースが相変わらずうねっているのがバンドの屋台骨という印象。
スローやミディアムの楽曲がより味わい深さを増しており、先に説明したブルージーさやアーシーな感覚がファストナンバーより際立っているように思う。かといって枯れた味わいがあるのではなく、ギラついた生気がスキあらば所構わず、ギターをかき鳴らしてくるのがグレイプバインらしい。
内省的な感情を携えつつ、どことなくすっきりとしない開放感を感じさせてくれるアルバムで、楽曲には華や派手さが削ぎ落とされた内容ではあるが、良くも悪くもその武骨で骨太い印象が我が道を行くバンドらしい姿勢が伺えて、ほっとする安定感のある良作の一枚だろう。意外とスルメな作品だと思う。

アーダー(熱情)(紙ジャケット仕様)

アーダー(熱情)(紙ジャケット仕様)

75年発表1st。プログレ辺境地アメリカ出身のバンド。YesやGenesisの影響が色濃いアンサンブルを主体に、ジャジーな質感やアメリカンポップスの素養も伺えるサウンドの構築力の高さが特徴か。ぎりぎりハイテクポップスになりきれない、70年代らしい垢抜けなさも感じられるがそこも味わいだろう。
やや古めかしいシンセサイザーの音色や全体に感じられる朴訥とした雰囲気、あるいはヨーロピアンな感触の薄いSF色や曲展開のモンドなブレイク感は今聞くと興味深く、サンプリングソースとしても有用なのではないかと感じられる。時代の遺物ではあるが、かとなく人懐っこしさも感じられる佳作の一品かと

Autobahn-Remastered

Autobahn-Remastered

・74年発表4th。主要メンバーが習作だと位置づける前作までを踏まえてリリースされた、テクノミュージック開闢の一作と目される金字塔的作品。22分の大作であるタイトルトラックとよりサウンドスケープ室内楽的要素を含んだ小曲という構成。とにもかくにも、タイトルトラックが目を引く。
非常にたおやかな電子音トリップミュージックといった趣で、その空疎な緩やかさが返ってクセになる。曲構成も悠然としたドイツのアウトバーンを走行するイメージが強く、ビートやメロディもまったりとしていて温かみのある印象を受けるか。ポップな響きではあるけど非ポップな趣きも強い。
どちらかというと室内楽や現代音楽的なアプローチがこの時点ではまだ強く、まさしく電子音の響きがポップに聞こえたことがエポックメイキングだったと言えるだろう。そういったフレーバーを提示した一枚でもあり、音楽の新たな可能性が開けた点で歴史的に重要な作品だ。今聞くとそのユルさが趣き深い。


Mothership Connection

Mothership Connection

75年発表4th。いわゆるP-FunkP-Funkたるコンセプトが確立された一枚。これまでも平行して活動していたファンカデリックのコズミックなサイケ感覚をよりファンクの形でSF的なコンセプトによって昇華されたものがこのアルバムという位置づけなのだと思う。
本作からスターチャイルドというキャラクターが、ファンクと敵対するキャラクターサー・ノウズ・ディヴォイドオブファンクとの戦いを繰り広げていくSF的なコミカル叙事詩という体で展開されていくそうで、そういう点では戯作的な要素も含んだP-Funkワールドが提示された作品でもあるのかと。
反面、そういった下世話なSF設定とは裏腹に演奏自体は非常にタイトでスマートな印象すら与えるクールなファンクで驚く。ファンカデリックのホットでロックな感じとは対照的。もちろんグルーヴの高揚感はあるが、知性を感じさせる構築美も感じられ、スライ由来の醒めたトーンも顔を見せるのが興味深い。
面白いのはファンクのミニマルさがロックオペラ的な叙事詩の語りと意外にもマッチしているということ。楽曲に起伏のない、反復によるグルーヴが生まれてるので歌によって抑揚をつけることはある種、発明でもありコンセプチュアルな内容をつむぐ上でも最適なのかもしれない。様々な点でエポックな名盤だ


another sky

another sky

02年発表5th。前作におけるUKギターロックのサウンドスケープ的な荘厳さへサイケなフレーバーが散りばめられる一方で、ボトムラインのグルーヴィーさや裏で鳴るオルガンのフレーズだったりはソウルミュージックの要素が垣間見えたりと枯れた味わいとウェットなギターのサステインがいい塩梅の作品。
英米のロックが程よく混ざり合っていて、それがグレイプバインの音楽になっているというのがよく窺える内容だと思う。ブルージーでもあり、サイケでもあり、一方でソウルフルでギターロックもしていて、それらが渾然一体となって奏でられている。こういう匙加減は返って本場では生まれ得なかったと思う
骨ばっかりじゃなく、きちんと脂の乗った肉も付いた味わい深いサウンドになっており、アルバムのまとまりで言えば、本作はバランスの良さが際立っているアルバムだと思う。次作になるとソウル色が色濃くなるのも含めて、彼らのベーシックな魅力がよく伝わってくる良盤なのではないかと。

音楽鑑賞履歴(2019年2月) No.1299~1301

月一恒例の音楽鑑賞履歴。
3枚。
ちょっと少なすぎですね。他の事に気を取られていたといえばそうなのですが、もう少し聞きたかったところ。
なんだか色んな事に時間を削られすぎですが、まあともかくぼちぼちと聞いていきます。
というわけで以下より感想です。


Zero Tolerance for Silence

Zero Tolerance for Silence

・92年録音盤(発売は94年)。ジャズ・フュージョン~コンテンポラリーギターの代表格の一人、パット・メセニーによるソロギターアルバム。とはいっても、ファンが期待する音楽は全く収められていない。むしろロック的、あるいはノイズミュージック的なアプローチの作品なので聞く場合は注意が必要だ
一流のギタリストがただただ野放図にギターをかき鳴らす。それだけに特化した演奏であり、メセニーらしい柔和かつたおやかなトーンは一切ない。ディストーションを利かせ、ノイジーなギターの多重録音がストイックに響いていくだけ。聞く人によってはただ辛い内容かもしれない。
とはいえ破壊的、あるいは衝動的なアプローチはそこまでなく、重ねられていくギターノイズのは聞き込んでいくと、実は統制がとれていて、なにか規則的に構築されているようにも思えてくる。計算されているかは分からないが確かな技巧を持つ実力者の演奏であることが窺える。
不思議と構築美が見出されるのは、感性の赴くままに弾いているようで、その実、持てる技術を駆使して、演奏をコントロールしている為からではないだろうか。これを初手で聞く人もいないとは思うが、メセニーの引き出しの多さを感じる、興味深い一枚だ。異色作といえる作品なのでお勧めは出来ないが。


Home

Home

02年発表1st。フィッシュマンズのベーシストだった柏原満がオオヤユウスケと結成したバンド。サウンドからも分かるとおり、フィッシュマンズの精神的な継承者バンドだが、歌詞・質感ともによりポップス寄りになっている一方で、たおやかにグルーヴする長尺曲もあったりと一概にポップ路線ではない作り
柏原の図太く深いベースラインをサウンドの核として、ギターやピアノなどで奏でられる煌びやかなメロディが染み入るようにゆったりと広がっていく心地よさはなんともいえない。全体に浮遊感漂う空間的なサウンドなのでじっくり聞き込みたい場合はどっぷりと浸れる。隙間の大きさが堪らないというか。
フィッシュマンズとは似て非なる方向性だが、遺伝子は確かに受け継がれている。Polarisらしさはその上に乗っかっているものではありながら、よりメランコリーに、よりポジティヴに、穏やかな光の差す方へと踏み出した音はポップスそのもの。その点ではフィッシュマンズの作った道を拡張した良作だろう


Family

Family

03年発表2nd。前作のシンプルなバンドサウンドと比しても、かなり音色を増やし、ゲストミュージシャンなども多数迎えた作りとなっていて、ポップな比重が高まったアルバム。しかし、その下味にはダビーなテイストが見え隠れもしていて、重層的なサウンドとなっている。
前作までの音が好きだと、結構面食らってしまう変化ではある。実際にあの深い重低音を響かせていたベースが鳴りを潜めて、ギターや鍵盤のきらびやかなメロディが目立つ。しかし、何度か聞き込むと今までの素地が見えてきて、新しい部分がそこに混ざり合っていくようにも聞こえる。
フィッシュマンズから受け継いだ遺伝子に新しい要素を付け加えることで、サウンドを拡張していく手段を取ったのだと感じられ、方向性としては必然を持って進んでいるだとも受け取れる。持ち味を残しつつ、更なる進化を開拓する点においては大きな舵を切った作品だろう。