初めに。

ここは私ことテリー・ライスが主に漫画や音楽やアニメや小説、映画などの感想を好きに語るブログです。
あくまで個人の感想である事にご留意よろしくお願いします。


サイト名のIn Jazzとは音楽ジャンルのジャズではなく、俗語の意として「熱狂」とか「たわごと」の意です。
好きなことを語れたらいいなあという思いを込めて。
更新はかなりの不定期になってますが気が向いたら、書く方向になると思います。


※2019/1/1追記
はてなダイアリーの2019年春サービス終了に伴い、はてなブログに移行しました。
移行するにあたって、ブログの看板名も少し模様替えして、「What's Going On」を付け加えています。マーヴィン・ゲイのアルバムタイトルからの引用ですが、そんなに問題提起するつもりではなくなんとなくノリです、ノリ。まあ、「自らの熱狂の中で何が起こっているのか」みたいな感じで、これからも変わらずマイペースに行きたいと思いますのでよろしくお願いいたします。


それとtwitterでもつぶやいてます。なんだかこっちがメインっぽくなってますが。
テリー・ライス (@terry_rice88) | Twitter

音楽鑑賞履歴(2019年3月) No.1302~1308

月一恒例の音楽鑑賞履歴。

今月は7枚です。少し復調。

最近、TwitterのTLから流れてくる新譜の情報を元にSpotifyで聞くということもしてますけども、本記事は基本的に購入物のレビューなのでTwitterのつぶやきは含まれない方向で書いてますので悪しからず。なんというか定期更新用の生存報告記事ですので、向こうは向こうで見ていただければなと思います。
しかしまあもう今年も1/3が過ぎてしまいました、早いものです。
3月はなんとなくGrapevine特集となってます。リリース順に買ってないのでアルバムの順番が前後してますが。それはそれとして。
書いてるのは4月なので、新元号「令和」が発表となって色々と世間が賑わっていますが、このブログはマイペースに行きたいと思います。
というわけで以下より感想です。


イデアの水槽

イデアの水槽

03年発表6th。ガレージロックとソウルの影響が色濃く出たアルバム。そこにUKのギターロック的な荘厳さがかすかに感じられ、アメリカンな黒さと英国的なシニカルな野暮ったさが同居してるのがなかなか興味深いし、面白い感じ。ボトムラインに重きを置いているためか、骨太なギターロックがより強靭に。
心地よくうねるベースライン、跳ねるビートにガレージロックというかギターロック的なザクザクとしたリフが重なって、グレイプバインならではというバンドスタイルが出来上がっていて、呼応するようにボーカルがシャウトする。歌っていて気持ち良さがあるのだろうなと思わせるエネルギッシュな演奏。
後追いで聴いているせいもあるかもしれないが、この時点でやはり相当にソウルミュージック的な黒さを滲ませているのが目を引く。もちろんバンド名の由来がマーヴィン・ゲイの曲だというのは百も承知だが、本作に至って、その影響を素で出せているようにすら思う。ダークさも含めてソウルフルな快作かと


VOXXX

VOXXX

・00年発表8th。大ヒットした前作の余波を受けて制作され、前作以上に作りが過激になった感のある一枚。楽曲ともコントともつかないものが入り混じり、シニカルな毒気とコミカルなユーモアが渾然一体となって、ドラッギーに構成されるミックスパーティといった趣がとても強い。
その根底にはYMOスネークマンショーの影がちらつきながらも、ジャーマンテクノやアシッドハウスの影響も包み隠していない、分厚いシンセとゴリゴリのキックを滝のごとく浴びせられる。その上でミックスの切り替わりが恐ろしくスムーズで流れてくるリズムとメロディによって、自然とノセられていく。
構成もきわめてクレバー、後半の盛り上がり所でアルバムに提示されていたシニカルとコミカルがピークで混ざり合い、一気にブレイクしていくのはただ快感でしかないだろう。それでいてミュンヘンディスコらしい下世話さとパチンコのようなフィーバー感覚が重なり合わさり、日本らしい感触にもなっている
笑い(コミカル)とアジッドハウスが混ざり合って、乱痴気騒ぎに祝祭感を伴うのがえらく日本っぽさを感じさせるわけだが、この領域に到達してるアルバムもあまり類を見ないか。海外のシーンに目配せしながらも、日本のテクノも見事に提示しているアルバムだと思う。

d e racin e

d e racin e

05年発表7th。前作との間に一枚ミニアルバムを挟んで、発表されたアルバム。前作に比べると、ざらついた感触のギターロックにブルージーな憂いの表情とうっすらウェストコースト的なアーシーさも目立つか。ベースが相変わらずうねっているのがバンドの屋台骨という印象。
スローやミディアムの楽曲がより味わい深さを増しており、先に説明したブルージーさやアーシーな感覚がファストナンバーより際立っているように思う。かといって枯れた味わいがあるのではなく、ギラついた生気がスキあらば所構わず、ギターをかき鳴らしてくるのがグレイプバインらしい。
内省的な感情を携えつつ、どことなくすっきりとしない開放感を感じさせてくれるアルバムで、楽曲には華や派手さが削ぎ落とされた内容ではあるが、良くも悪くもその武骨で骨太い印象が我が道を行くバンドらしい姿勢が伺えて、ほっとする安定感のある良作の一枚だろう。意外とスルメな作品だと思う。

アーダー(熱情)(紙ジャケット仕様)

アーダー(熱情)(紙ジャケット仕様)

75年発表1st。プログレ辺境地アメリカ出身のバンド。YesやGenesisの影響が色濃いアンサンブルを主体に、ジャジーな質感やアメリカンポップスの素養も伺えるサウンドの構築力の高さが特徴か。ぎりぎりハイテクポップスになりきれない、70年代らしい垢抜けなさも感じられるがそこも味わいだろう。
やや古めかしいシンセサイザーの音色や全体に感じられる朴訥とした雰囲気、あるいはヨーロピアンな感触の薄いSF色や曲展開のモンドなブレイク感は今聞くと興味深く、サンプリングソースとしても有用なのではないかと感じられる。時代の遺物ではあるが、かとなく人懐っこしさも感じられる佳作の一品かと

Autobahn-Remastered

Autobahn-Remastered

・74年発表4th。主要メンバーが習作だと位置づける前作までを踏まえてリリースされた、テクノミュージック開闢の一作と目される金字塔的作品。22分の大作であるタイトルトラックとよりサウンドスケープ室内楽的要素を含んだ小曲という構成。とにもかくにも、タイトルトラックが目を引く。
非常にたおやかな電子音トリップミュージックといった趣で、その空疎な緩やかさが返ってクセになる。曲構成も悠然としたドイツのアウトバーンを走行するイメージが強く、ビートやメロディもまったりとしていて温かみのある印象を受けるか。ポップな響きではあるけど非ポップな趣きも強い。
どちらかというと室内楽や現代音楽的なアプローチがこの時点ではまだ強く、まさしく電子音の響きがポップに聞こえたことがエポックメイキングだったと言えるだろう。そういったフレーバーを提示した一枚でもあり、音楽の新たな可能性が開けた点で歴史的に重要な作品だ。今聞くとそのユルさが趣き深い。


Mothership Connection

Mothership Connection

75年発表4th。いわゆるP-FunkP-Funkたるコンセプトが確立された一枚。これまでも平行して活動していたファンカデリックのコズミックなサイケ感覚をよりファンクの形でSF的なコンセプトによって昇華されたものがこのアルバムという位置づけなのだと思う。
本作からスターチャイルドというキャラクターが、ファンクと敵対するキャラクターサー・ノウズ・ディヴォイドオブファンクとの戦いを繰り広げていくSF的なコミカル叙事詩という体で展開されていくそうで、そういう点では戯作的な要素も含んだP-Funkワールドが提示された作品でもあるのかと。
反面、そういった下世話なSF設定とは裏腹に演奏自体は非常にタイトでスマートな印象すら与えるクールなファンクで驚く。ファンカデリックのホットでロックな感じとは対照的。もちろんグルーヴの高揚感はあるが、知性を感じさせる構築美も感じられ、スライ由来の醒めたトーンも顔を見せるのが興味深い。
面白いのはファンクのミニマルさがロックオペラ的な叙事詩の語りと意外にもマッチしているということ。楽曲に起伏のない、反復によるグルーヴが生まれてるので歌によって抑揚をつけることはある種、発明でもありコンセプチュアルな内容をつむぐ上でも最適なのかもしれない。様々な点でエポックな名盤だ


another sky

another sky

02年発表5th。前作におけるUKギターロックのサウンドスケープ的な荘厳さへサイケなフレーバーが散りばめられる一方で、ボトムラインのグルーヴィーさや裏で鳴るオルガンのフレーズだったりはソウルミュージックの要素が垣間見えたりと枯れた味わいとウェットなギターのサステインがいい塩梅の作品。
英米のロックが程よく混ざり合っていて、それがグレイプバインの音楽になっているというのがよく窺える内容だと思う。ブルージーでもあり、サイケでもあり、一方でソウルフルでギターロックもしていて、それらが渾然一体となって奏でられている。こういう匙加減は返って本場では生まれ得なかったと思う
骨ばっかりじゃなく、きちんと脂の乗った肉も付いた味わい深いサウンドになっており、アルバムのまとまりで言えば、本作はバランスの良さが際立っているアルバムだと思う。次作になるとソウル色が色濃くなるのも含めて、彼らのベーシックな魅力がよく伝わってくる良盤なのではないかと。

音楽鑑賞履歴(2019年2月) No.1299~1301

月一恒例の音楽鑑賞履歴。
3枚。
ちょっと少なすぎですね。他の事に気を取られていたといえばそうなのですが、もう少し聞きたかったところ。
なんだか色んな事に時間を削られすぎですが、まあともかくぼちぼちと聞いていきます。
というわけで以下より感想です。


Zero Tolerance for Silence

Zero Tolerance for Silence

・92年録音盤(発売は94年)。ジャズ・フュージョン~コンテンポラリーギターの代表格の一人、パット・メセニーによるソロギターアルバム。とはいっても、ファンが期待する音楽は全く収められていない。むしろロック的、あるいはノイズミュージック的なアプローチの作品なので聞く場合は注意が必要だ
一流のギタリストがただただ野放図にギターをかき鳴らす。それだけに特化した演奏であり、メセニーらしい柔和かつたおやかなトーンは一切ない。ディストーションを利かせ、ノイジーなギターの多重録音がストイックに響いていくだけ。聞く人によってはただ辛い内容かもしれない。
とはいえ破壊的、あるいは衝動的なアプローチはそこまでなく、重ねられていくギターノイズのは聞き込んでいくと、実は統制がとれていて、なにか規則的に構築されているようにも思えてくる。計算されているかは分からないが確かな技巧を持つ実力者の演奏であることが窺える。
不思議と構築美が見出されるのは、感性の赴くままに弾いているようで、その実、持てる技術を駆使して、演奏をコントロールしている為からではないだろうか。これを初手で聞く人もいないとは思うが、メセニーの引き出しの多さを感じる、興味深い一枚だ。異色作といえる作品なのでお勧めは出来ないが。


Home

Home

02年発表1st。フィッシュマンズのベーシストだった柏原満がオオヤユウスケと結成したバンド。サウンドからも分かるとおり、フィッシュマンズの精神的な継承者バンドだが、歌詞・質感ともによりポップス寄りになっている一方で、たおやかにグルーヴする長尺曲もあったりと一概にポップ路線ではない作り
柏原の図太く深いベースラインをサウンドの核として、ギターやピアノなどで奏でられる煌びやかなメロディが染み入るようにゆったりと広がっていく心地よさはなんともいえない。全体に浮遊感漂う空間的なサウンドなのでじっくり聞き込みたい場合はどっぷりと浸れる。隙間の大きさが堪らないというか。
フィッシュマンズとは似て非なる方向性だが、遺伝子は確かに受け継がれている。Polarisらしさはその上に乗っかっているものではありながら、よりメランコリーに、よりポジティヴに、穏やかな光の差す方へと踏み出した音はポップスそのもの。その点ではフィッシュマンズの作った道を拡張した良作だろう


Family

Family

03年発表2nd。前作のシンプルなバンドサウンドと比しても、かなり音色を増やし、ゲストミュージシャンなども多数迎えた作りとなっていて、ポップな比重が高まったアルバム。しかし、その下味にはダビーなテイストが見え隠れもしていて、重層的なサウンドとなっている。
前作までの音が好きだと、結構面食らってしまう変化ではある。実際にあの深い重低音を響かせていたベースが鳴りを潜めて、ギターや鍵盤のきらびやかなメロディが目立つ。しかし、何度か聞き込むと今までの素地が見えてきて、新しい部分がそこに混ざり合っていくようにも聞こえる。
フィッシュマンズから受け継いだ遺伝子に新しい要素を付け加えることで、サウンドを拡張していく手段を取ったのだと感じられ、方向性としては必然を持って進んでいるだとも受け取れる。持ち味を残しつつ、更なる進化を開拓する点においては大きな舵を切った作品だろう。

音楽鑑賞履歴(2019年1月) No.1292~1298

月一恒例の音楽鑑賞履歴。
7枚。
調子が上がりませんね。いろいろとネット上のタスクを自分で増やしてるせいなので、致し方ありません。

今回から2019年、はてなBlog移行後の鑑賞分となります。なもので、一発目がマーヴィン・ゲイなのも、ブログの看板替えが影響したチョイスです。70sソウルが多目な鑑賞履歴になっています。今年も楽しく聴いていきたいなと思います。また今年から試験的にSpotifyの埋め込みも添付してみることにします。面倒になったらやらなくなるかもしれませんが、試聴できるようになればいいなと思いまして。またストリーミング解禁されていない作品についてはリンクを貼っていませんので悪しからず。

というわけで以下より感想です。


What's Going on

What's Going on

・71年発表13th。いわゆるニューソウルの歴史的な一作。泥沼化したベトナム戦争を背景とした反戦的なコンセプトアルバムでもある。当時のモータウンにおいては異例のセルフ・プロデュース作品でもあり、ブラックミュージックひいては社会問題にいたるまでさまざまな角度からのテーマを内包している。
シングル主体のレーベルでもあったモータウンにおいて初めてアルバムという作品形式を強く意識した嚆矢であり、マーヴィン・ゲイの問題意識がそこかしこに滲み出たアルバムだが、そこまで小難しくはなく、感じられるのはその官能的ともいえる「愛」を密に伝える内容だ。
彼の出自が牧師の家庭というのもあり、戦争や当時のアメリカ社会問題などに対してひたすらに「愛」を説く。サウンドもそれに呼応して、A面B面ともに曲間がシームレスにメドレーで流麗に繋がっていく構成なのもそれぞれが単一の問題ではなく、全てが繋がっている事を示しているように思う。
深刻な問題を愛で包み込んでいくというのは絵空事かもしれないが、そのマーヴィン・ゲイの真摯な語りが、シルキーなストリングスと滑らかなバンド演奏によって、甘美な響きとなってあっという間に過ぎていく。その美しさゆえに、問題提起の重みも強く意識するし、マーヴィン・ゲイ本人も真剣勝負である
そういった妥協しない姿勢が、普遍的なメッセージともなって歴史に残っているのではないかと思う。ちなみにモータウンとしては初の演奏クレジットがついているという点でも画期的な一作だ。特にベースのジェームズ・ジェマーソンは代表作といって過言ではない演奏を披露してくれている。
60年代末~70年代初頭を貫くテーマに「愛と平和」があるように思うが、そのテーマに対して、黒人の側からメッセージを発し主張するという点においてもそうだし、非常に真摯かつ真っ向から立ち向かった傑作だと思う。もちろんそういう主張を抜きにしてもサウンドも非常に素晴らしい一作だろう。



Killing Me Softly

Killing Me Softly

・73年発表4th。ロバータ・フラックの全盛期を伝える代表作。自作曲はないものの、全曲に渡って、編曲を彼女が手がけ、その上でストリングスやホーンアレンジをデオダードなどの当時気鋭のアレンジャーに一任している作り。バックはエリック・ゲイルやロン・カーターなどのジャズ畑の人材が並ぶ。
このアルバムは形容が難しい。当時のニューソウル(彼女はダニー・ハサウェイとも共演盤を作っている)を基調に、フォークやカントリーの要素も内包しているし、同時に演奏陣はジャズ・クロスオーバー勢なので、端正なプレイが印象的でもある。ロバータ自身もピアノで弾き語っているのでSSWっぽい。
一括りにしてしまえばニューソウルのアルバムなのだが、そのサウンドの全容の奥行きはかなり深い。先に言ったように、彼女はアルバム全体のアレンジを統括しているので、そこがまず特殊。そして選曲の妙もある。代表曲のひとつでもあるタイトル曲は元はドン・マクリーンが歌っている。
ほかにもジャニス・イアンレナード・コーエンなどの曲が立ち並び、ソウルフルな楽曲を揃えていないのが目を引く。3やユージン・マクダニエルズ作曲の5などがそれらしいが、その他の曲のソウルフルさを支えているのが他ならぬロバータの歌声であるのが興味深い。
絶妙なアレンジのなかでロバータの歌声がわかりやすく響くことを計算して構成されている点でもかなり作り込まれている事がわかるし、なにより聞こえてくる歌や演奏のとても心地のいいことは筆舌に尽くしがたい。最大の功労者はグランディ・テイトのドラムだろうか。キックの捌きが実に絶妙だ。
ソウルらしくないはずなのに非常にソウルに聞こえてくるというのがこの盤の不思議な魅力だし、なによりロバータ・フラックの柔らかでしなやかな歌声がずっと聞いていたくなる名盤だろう。多分R&B以外のファンにも受け入れやすい、エヴァーグリーンな一枚。改めて良さを実感した。


ファンキー・ナッソウ

ファンキー・ナッソウ

・71年発表1st。バハマ出身のバンド。タイトル曲は後に「ブルース・ブラザーズ2000」でエリカ・バトゥがカバーする一曲。ジャンカヌーというバハマ特有のダンスミュージックを奏で、マイアミで活動していた所を地元のレコードレーベルに拾われるという経緯で製作されている。
一聴しても分かるように、ノリのいいカリビアンなメロディが鳴り響く。マイアミという土地柄が影響しているのか、雰囲気は非常にナンパでチャラい印象のサウンドでもある。とにかくダンスホールなどの盛り場で流れる軽快でノレる音楽が詰め込まれたアルバムといって良いだろう。
反面、ファンクやソウルの粘っこいビートに感じられる重さは皆無で、トロピカルで細やかなビートのとにかく軽いダンスチューンが中心の構成で、タイトル曲の再生産的な楽曲が多く、一辺倒な嫌いもあるが楽しさは十分に感じられる佳作ではある。陽気ば雰囲気に浸りたい場合にはうってつけの一枚だ。

・69年発表3rd。ニューヨーク出身の女性SSW。当時22歳ながらも凄まじい迫力に満ちた、深遠な世界を見せつける一枚。基本、ピアノの弾き語りで装飾的にバンド演奏やオーケストラとストリングが重ねられているが、なによりも圧倒されるのはその歌声だろう。1曲目から咆哮とも言うべき歌唱には凄味がある
一体、どんな奥底から声を出しているんだろうかと思えるほど、爆発力のありパワフルな歌には確かに過度な装飾(アレンジ)はいらないだろう。実際、本作のアレンジは最大限にその力強い「声」を生かしたものであり、楽曲を彩るものに終始しているように思える。それほどにエネルギッシュなのだ。
同時に69年作でありながら、アルバムの纏っている空気はまさしく70年代のそれであり、SSWブームに先駆けてもいるが、なんにつけても激情ともいうべき歌唱はまさしく「魂の叫び」という他ない。ポップであるか以上にローラ・ニーロの剥き出しの感情に深く深く共鳴する一枚だろう。まさしく傑作。

Dawning of a New Era

Dawning of a New Era

93年発表編集盤。1stリリース以前の初期音源集。バンドがまだThe Specialsと名を変える以前のものであり1stに収録される楽曲が大半を占めるが、肌触りはまったく異なる。というより1stのエルヴィス・コステロのプロデュースは雑味が取られ、非常に整理された音であることがこれを聞くとよくわかる。
録音のミックスに弱さも感じるが、そのラフさの残る、すれっからしサウンドはルードボーイらしさがより感じられる。1stはきれいな服を着こなしている印象を受けるが、こっちらはだらしなく着こなしてる感じが返ってクールな印象。こちらの録音の方が素の彼らの雰囲気が漂っている。
このどことなく気怠い感じのスカは2ndやSpecial Akaのそれであり、全体的にジェフリー・ダマーズ色が強いといえるかもしれない。1stはもちろん名盤だが、そのダイヤの原石をそのまま聞いているような、そんな一枚。いろいろ興味深いし、この盤にしかない魅力やカッコよさが滲み出ている良盤だろう。


Writer

Writer

70年発表1st。ジェフリー・ゴフィンとの離婚から2年経ち、その間組んでいたシティというバンドを発展期解消させたのか、メンバーがそのまま参加したソロデビュー作。収録曲は書き下ろしも含み、ほとんどキング=ゴフィンの共作。ミキシングもゴフィンが担当している。
大ブレイク作となる次作とはかなり趣が異なる。というより60sアメリカンポップスにカントリーや、スワンプだったり、ソウルだったりとかなり雑多なサウンドが繰り広げられており、興味深い。他アーティストに提供した曲のカバーもあり質感としてはかなりポップだ。
翻って考えてみれば、「清算」のアルバムなのだろうと思われる。60sのアメリカンポップスを彩ったキング=ゴフィンという稀代のコンビはもはや無く、ソロアーティストとして踏み出す第一歩としての彼女なりの60年代の清算。今聞けば古き良きオールディーズではあるが、そういう決意のあるものに見える。
事実、次作において彼女は再び「時代」をつかむ傑作を生み出すわけだが、その背後にはソングライターとしての過去と履歴がぎゅっと押し詰められているわけである。この清算をした下地があってこそ、彼女の70年代が始まるわけだが、60年代を総括している点からこそ、こちらも良作と言える一枚だろう。


ウインカー【通常盤】

ウインカー【通常盤】

16年発表8th。復帰第二作。前作の猟奇的プログレ路線は鳴りを潜め、より演劇性の高い従来のラウドロック色が押し出された一枚。今回は静と動のコントラストの落差が激しく、メランコリックなサウンドラウドロックの成分と混ざり合い、得がたい質感の内容になっている。
アルバムタイトルの「ウィンカー」よろしく、この作品に出てくるコンセプトキャラ、荒井田メルを初めとして、不可逆な可能性について言及しているように感じた。コンセプトアルバムとはいえないが、明確に何かのテーマに沿って、可能性をポジティヴに酸いも甘いも含めて、描かれる歌詞と演奏は染み入る
大槻ケンヂのこれまでの音楽活動から滲み出たメッセージがこのアルバムの演奏の素晴らしさと比例して、なにか垢抜けた印象すら持つ、会心の出来だろう。前作の腰をじっくりすえた作りから、軽やかにステップを踏んでいる一枚。シングル曲のキャッチーさも相まって一皮剥けたような名盤だろう

音楽鑑賞履歴(2018年12月) No.1286~1291


月一恒例の音楽鑑賞履歴。
明けましておめでとうございます。今年も一年よろしくお願いします。
はてなダイアリー終了に伴い、はてなブログに移行してもやることはあまり変わりませんが。
昨年12月の鑑賞履歴です。
6枚。
なかなかペースは戻りませんが、楽しく聞いていければいいかなと。
今回はMr.Big関連特集でしょうか。肝心のMr.Bigを一枚も聞いてませんが。
ポール・ギルバートもリッチー・コッツェンも好きなアーティストです。
今年はどんな年になるか、想像もつきませんが趣くままにやっていきます。
というわけで以下より感想です。


Silence Followed By a Deafening Roar

Silence Followed By a Deafening Roar

08年発表7th。味を占めたのか、インストアルバム第二弾。前作以上にテクニカルにギターが躍り、ポップにハードドライヴィングしているのが目に付く。もともと早弾きと超絶技巧で腕を鳴らしていただけあって、水を得た魚のように弾き倒す姿が目に浮かぶ。しかし、それでも独り善がりにならないのが良い。
楽曲についてはジャンルの区分なく、ポール・ギルバート自身が思い描くメロディが繰り広げられている印象で、クラシカルな旋律があったと思えば、思い切りメタルなソロがあったりと息つく暇のない感じだが、ポップな側面が影響しているのか冗長にならず、きっちりコンパクトにまとまっている。
この盤でも見え隠れするのは、ファンクというかブラックミュージックの横ノリアプローチ。縦ノリだけではなく、グルーヴに根ざした演奏が出来るのも彼の懐の深さを窺い知れるだろう。ポール・ギルバートのやりたい事が凝縮された結晶のような一枚。その屈託のない朗らかさが魅力的だ。


Inner Galactic Fusion Experience

Inner Galactic Fusion Experience

95年発表5th。アルバムタイトルがバンド名のようだが、この一枚きりで以降、この名義では出していない。リッチー・コッツェンのアルバムとしてはジャズ・フュージョン色の強いアルバムでギターフレーズが初手からアラン・ホールズワースを髣髴とさせる流麗なレガートで本物さながらのプレイが聞ける。
ホールズワース的なテクニックもそうだが、それ以上に多彩なプレイが聞けるのでその引き出しの多さには驚くし、その点においては巧者っぷりを余すことなく体感できる。数曲ではあるが本家ホールズワースとの共演経験もあるジェフ・バーリンが参加しており、ますますその違いがよく分からなくなる。
しかし、コッツェンの方がやや硬質に感じられるか。どちらにしても、テクニックをひけらかすのではなく、楽曲の必要に応じて繰り出されるテクニックの数々がただただ心地よく聞けるのでただただお見事。2曲だけ歌ってもいるがそちらの方でも実力の高さが伺えて、舌を巻く。地味ながら質の高い一枚だ。

ウェイヴ・オブ・エモーション

ウェイヴ・オブ・エモーション

96年発表6th。ほぼ全編歌ものアルバムだが、内容がファンク&ソウルど直球な内容で、シンプルな分だけ巧さが引き立っており、非常にソツのない一枚。歌は上手いわ、ギターもテクニカルで、しかもマルチプレイヤーでソングライティングまで出来てしまうリッチー・コッツェンの才人っぷりに唸るほかない
単に技術をひけらかすのではなく、楽曲を生かすために持ちうる技術を使いこなすという時点で、相当クレバーなミュージシャンであるのは疑いようもないが、ここまで何でもできてしまう姿にはいやがおうにも、プリンスを思い浮かべてしまうが実際そのくらいの実力を持っているのだろうと実感する。
反面、ソツがなさすぎて派手さには欠ける作品ではあるのだが、それを補って余りあるくらいには、アルバムの完成度も高い。歌も非常にソウルフルで、楽曲もHR/HMらしさを微塵も感じさせない、ファンキーなものなので食わず嫌いな人は一度聞いてみてほしい。地味ながら名盤の輝きを持つ一枚だろう。

Slow

Slow

01年発表11th。比較的ブルージーサウンドに寄せた作品。とはいえ、フュージョン、ファンク、ソウルミュージックが渾然一体となった、リッチー・コッツェンらしい音楽が提示されている。適度にテクニカルでブルージーでソウルフル。当時らしいデジタルな打ち込みも混ざり、ソツのなさを随所に感じる。
特に売れるという野心もなくコッツェンのやりたい事をその都度、具現化してるような音楽なのでポップな響きや即効性のある派手さはやはりないが、自由闊達にイマジネーションを紡いでいく姿勢は流行に左右されない良さがあるように思う。その点では職人的な趣もあるが、良質な作品なのは疑いない所だ。

End of the Century

End of the Century

80年発表5th。ウォール・オブ・サウンドで知られる、60年代を代表するプロデューサーのフィル・スペクターと製作した一枚。60年代のバブルガムポップスを彼らなりの解釈で繰り広げてきたバンドにとっては本家本元とのコラボレーションとなったわけだが、その製作の顛末はわりと苦い経験だった模様。
フィル・スペクターの製作姿勢とバンドの製作スタイルが噛み合ってなかったために軋轢があったようだが、実際バンドのアルバムとしてはヘンテコな感触を残す一方、バンドの直線的な演奏が本家ウォール・オブ・サウンドによって、メロディの境界線が曖昧になっていく様はわりとサイケな感触も感じられる
一方でラモーンズ自体のガレージロック的な演奏がフィル・スペクターの作り上げる音像とまったく喧嘩しあっていて、相乗効果が生まれているかというと疑問符はつくがここまでの作品に比べると非常にメロディの甘酸っぱさが増しており、その感触自体は悪くはない。
ただバンドとプロデューサーの意図がかけ離れているので、わりあい不幸な作品だろうか。過渡期の作品であるのは確かだが、この不器用さがラモーンズらしくもあり、今までとは違った側面が窺える点では結構楽しく聞けるかと。実際、バンド史上最大のヒットを記録したアルバムというのもその証明だろう

話数単位で選ぶ、2018年TVアニメ10選

さて、今年もやってまいりました。話数単位で選ぶ、TVアニメ10選です。
毎年、放映されたTVアニメの中から話数単位で面白かった回を選ぼうという企画。
新米小僧の見習日記さんが集計されている、年末の恒例企画です。
「話数単位で選ぶ、2018年TVアニメ10選」参加サイト一覧: 新米小僧の見習日記
大まかなルールは以下の通り。

ルール
・2018年1月1日〜12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき上限1話。
・順位は付けない。


本ブログは8回目の参加です。なお過去の10選は以下のリンクから。

話数単位で選ぶ2011年TVアニメ10選 - In Jazz
話数単位で選ぶ2012年TVアニメ10選+α - In Jazz
話数単位で選ぶ2013年TVアニメ10選+α - In Jazz
話数単位で選ぶ、2014年TVアニメ10選+α - In Jazz
話数単位で選ぶ、2015年TVアニメ10選 - In Jazz
話数単位で選ぶ、2016年TVアニメ10選 - In Jazz
話数単位で選ぶ、2017年TVアニメ10選 - In Jazz

筆者としては「記録を残す」という点で、企画に参加してます。なお今年に置きましては色々と「宿題」を残してしまっていますので、10選コメントについては手短にまとめてあります。むしろ全話見てない作品からの選出もしていて、かなり寄せ集めな感じです。ご了承ください。ちなみにスタッフ名等々は敬称略となっております。日付は地上波放映日、Web上の公開日の最速に準拠しています。


《話数単位で選ぶ、2018年TVアニメ10選》

・DEVILMANcrybaby IX「地獄へ墜ちろ、人間ども」(1/5)
(脚本: 大河内一楼/絵コンテ:湯浅政明/演出・作画監督:小島崇史)

原作の衝撃回に真っ向勝負をかけた一本。物語全体が不寛容さや人の獣性、死にまとわりつくエロスを描いた生理的嫌悪に背徳を覚える作品だったが、選定話数はその象徴ともいえる回。暴徒に祭り上げられた美樹の生首に艶かしさを感じさせる辣腕を思い知った。

多田くんは恋をしない 第8話「雨女だったっけ?」(5/24)
(脚本: 中村能子/絵コンテ・演出:藤原佳幸作画監督:山野雅明、瀧原美樹、凌空凛、伊澤珠美、菊池愛、助川裕彦、市原圭子)

人が恋に落ちる瞬間を描ききった一話。河口湖に野営し、星空を待つというベタなシチュエーションながら、奇を衒わずヒロインテレサの情緒を見事に活写した。平成末期の東京という舞台において、あえて「東京タワー」を出してこない試みなどその清新なドラマは地味ながらも冴えていた。

メガロボクス ROUND3「GEAR IS DEAD 絶望の果ての負け惜しみ。機械はハナから息しちゃない」(4/20)
(脚本: 真辺克彦/絵コンテ・演出:和田高明作画監督和田高明、原田大基)

あしたのジョー」を原案にして作られた近未来ボクシング作品。この回で、ジャンクドッグを始めとするチーム番外地が出揃った。アンダードッグ(負け犬)どもが明日なき明日を目指して向かおうとする姿は心惹きつけられるが作品がそれを完遂できたかはまた別問題。和田高明によるボクシング描写は流石といったところ。

働くお兄さん!第10話「レンタルDVD屋のお兄さん!」(3/9)
(脚本: 高嶋友也/監督:高嶋友也/シリーズ構成:宇佐義大/キャラクターデザイン:小田ハルカ)

ショートアニメ。2期をまったく見ることができなかったが、やはり映画ファンネタはコメディとして鉄板というか。キャラクターを始めとしてデザイン周りが非常に秀逸だったし、回を増すごとにおとぎ話を絡めたギャグ描写の拍車がかかってたのもドライヴ感があってよかった。この回はさるかに合戦。

・22/7 「あの日の彼女たち」day03 立川絢香(5/24)
(絵コンテ・演出:若林 信/作画監督堀口悠紀子

YouTube公式配信作品。秋元康による二次元アイドルグループ「22/7」の何気ない日々を切り取った内の一編。なんというか、こういう悪戯っぽさやはぐらかし方が思春期の少女らしい描写だが、それを堀口悠紀子という望外の人材によって描かれる作画と気鋭の若手演出家、若林信の競演によって成立させた企画者の慧眼が物を言う。百聞は一見にしかず。以下にリンクを張っておく。同シリーズはどれも必見。

・うちのメイドがウザすぎる! 第1話「うちのメイドがウザすぎる!」(10/7)
(脚本: あおしまたかし/絵コンテ:太田雅彦/演出:守田芸成
 /作画監督:伊澤珠美、杉田まるみ、鈴木絵万、濱口明、山崎淳

動画工房によりスクリューボール百合コメディ。とにもかくにも鴨居つばめというアンタッチャブルなキャラクターの一点突破で成立する、心に傷を負った幼女の超克ドラマだがそのアンバランスな物語を有無を言わさぬ作画力で押し切ったのは挨拶代わりの初手としてはこの上ないものだったかと。

ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風 第4話「ギャング入門」(10/27)
(脚本: ヤスカワショウゴ/絵コンテ:木村泰大/演出:鈴木恭兵
 作画監督:森藤希子、重本和佳子、岩崎安利〔アクション〕/総作画監督:田中春香)

Vsポルポ(ブラックサバス)編。5部以降、複雑化の一途を辿ることになるスタンドバトルだがその魅力をアニメで表現する事に注力した話数だと思う。同時に5部の真の意味での「始まり」が描かれたエピソード。イタリアらしい陰影の濃さにジョルノという「黄金の精神」のストイックさもまた重なって、5部の凄惨さが浮き彫りになったのも見逃せない。

青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない第3話「君だけがいない世界」(10/20)
(脚本:横谷昌宏/絵コンテ:増井壮一/演出:篠原正寛/作画監督:宮粼詩織、三木俊明、石毛理恵/総作画監督:田村里美)

前年(Just Beause!)に引き続き、鴨志田一原作の選出。西尾維新の「物語シリーズ」フォロワーとも言うべき作品であるが、昨今「空気」とも呼ばれる、目に見えない「圧力」をテーマにしている辺りがオリジナルとは一線を画すか。その第一章の完結編。先祖返りしたかのような学園青春ドラマをどストレートに展開して、甦らせた点に目を見張る。青臭くもあり、若さゆえの歪みを調律するという点は非常に電撃文庫らしくもあるが、現代性も携えているのが面白さだろう。

HUGっと!プリキュア 第38話「幸せチャージ!ハッピーハロウィン!」(10/28)
(脚本: 横手美智子/絵コンテ・演出:平池綾子/作画監督:上野ケン/総作画監督:山岡直子)

ハロウィン回。15周年という事もあって「お祭り感」の否めない今年のプリキュアだが、あえて「らしい」話数を選んだ。今シリーズは若手である平池綾子が頭角を現した点が個人的に目を引く。「らしさ」は人によって異なると思うが、15年培ってきたスタイルに新味を加えるという点では、プリキュア初登板となった横手美智子ともども健闘していたように思う。特別なことはしない、「いつも」のプリキュアを演出することの大事さをこと強く感じた話数だった。

・少女☆歌劇レヴュースタァライト第12話「レヴュースタァライト」(9/28)
(脚本: 樋口達人/絵コンテ・演出:古川知宏、小出卓史
 作画監督:松尾亜希子,小里明花,谷紫織,清水海都,小池裕樹,錦見楽,杉山有沙,大下久馬,小栗寛子,櫂木沙織,角谷知美)

今年、アニメで一本選べと言われたら、この作品を選ぶ。結果的に「舞台演劇」をアニメーションで表現することに挑戦していた作品であるし、生の舞台には出来ない表現で追いつき追い越そうとしていた。「二層展開式少女歌劇」の名目が災いしたのか、間口の狭い作品となってしまった感はあるが、それ以上に一度惹き付けられたファンを逃さない(逃せられない)構造は強固でもある。短い文章ではこの作品は語り切れない。やり残した「宿題」も本作にまつわるものだが、何とか完遂したい所。選んだ話数に一言添えるとしたら、物語そのものが『レヴュースタァライト』だったという事。どういう事なのかは、別の機会に改めて。


【次点】
少女☆歌劇_レヴュースタァライト第3話「トップスタァ」,第6話「ふたりの花道」,第8話「ひかり、さす方へ」
HUGっと!プリキュア第15話「迷コンビ...?えみるとルールーのとある一日」、第29話「ここで決めるよ! おばあちゃんの気合のレシピ!」、第33話「要注意!クライアス社の採用活動!?」


《終わりに》
今年2018年の総括を書こうと思いましたけど、上手くまとまらないので割愛します。まあ、今年は時代を考えられるほどには作品を見ていないというのもあるので、ともあれ。
昨年の総括で、時代の空気はなにかしら「淀み」を帯びたものになってきている、と語りましたがこの一年を振り返ってみると、国内ではその「淀み」が恐ろしい速度で広がり「汚染」されてしまった、としか言いようのない停滞感あるいは疲弊がそこかしこで目に見えてきた年だったのではないでしょうか。

良くも悪くも今年を象徴したMV、Childish Gambino「This Is America」で表現されているように「この不条理な世界こそ、アメリカだ」といわんばかりに各国、内憂外患の状況が続いているし、日本も他人事ではないかと。加えて、「平成」がいよいよ終わります。そういった時代背景からも色々と岐路に立たされているのは言うまでもないだろう。零細ブログで現状を憂えてもしかたないけど、舵取りひとつでいつ急転直下してもおかしくはない状況であるのは確か。だから注視しなくてはならない、のだと思う。
という風に書いてもいいんですけど、別に政治的なことが書きたいわけではないので。色々くたびれてきているというのが肌感覚としてありますが…。観測範囲ではやはり世間的に百合作品の飛躍した年かなあとも思いますが、バズッた作品を熱心に見ていたわけではないのでそこを語るにしてもなんだかなあという感じが自分の中にあったり。いや、個人的には「少女☆歌劇_レヴュースタァライト」をずっと追いかけていたわけですが、いかんせん全話感想がまだ終わってないのが心残りといいますか。まだまだ自分の中でケリがつかずにいる作品なので、噛り付いてもやりきりたい所存です。なのでお待ちいただいている人たちはもう少しご辛抱を。時間はかかると思いますが自分でもやり遂げたいと思っていますので。
今年のアニメ鑑賞についてはそんな感じで情熱を傾けすぎたせいで、他が霞んでいるという状態がずっと続いている状況でしたね。こんなのは滅多にないことではありますが、もうしばらく続きそうです。というわけで今回は縮小版という形で記事をまとめてみました。まあなんとか10本かき集められたので良しとします。平成最後の年末がこれでいいのか、という気もしなくはないですが、今年の記録として心に刻めたので悪くはないでしょう。それではひとまず今年の締めとして。
以上が自分の「話数単位で選ぶ、2018年TVアニメ10選」でした。各所で関わりになった方々には本年もお世話になりありがとうございました。来年もまたお付き合いいただければ幸いです。それでは今年も残りわずかですが、よいお年を。