コミックスベスト2022


というわけで、昨年2022年のコミックベスト10作です。


個人的な所感を申し上げますと、昨年はなんというか世間の流行と自分の嗜好があまり噛み合わなかった1年でした。なもんで、全体に低調な感触もあり、これをベストと言っていいのかためらう所でもあるわけですが。一応備忘録的に記しておきます。

まあ自分のアンテナ感度が下がってるせいもあるんでしょうけども。昨年は音楽が非常に豊作だった感じがするんですが、アニメや漫画は……という印象で、どうにも決め手に欠けた年でもあったように思います。なんというか個人的にグッとくる作品があまりなかったのが大きいなあと。いや世間の言う所の「話題作」はあったと思いますよ? けどそれを自分が好きかというと必ずしもそういうわけではないので。

アニメもそうですがみんながみんなして同じものを見る楽しさはあるんでしょうけど、それらを鑑賞してる全員が同じように受け止める必要もないし、むしろ一人で楽しませてくれと思う時もしばしば。昨年はそういった所でウマ娘のゲームをずっとやってたので、アニメも漫画も疎遠になってしまった感覚がどこかあった一年でしたね。


話が長くなるのもアレなので、過去のベストのリンクを以下に。気になる方は参照いただければ幸いです。



terry-rice88injazz.hatenablog.jp
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また今回も目次を配置しています。各作ごとに短評を付けておきますが、どの作品を選んだかザクッと見たい場合はそちらをご覧いただければ。なお順番は順位ではなく語りたい順です。


1. 鈴木理華 / タブロウ・ゲート (26)

足掛け21年の連載に大団円。
いやはや全体を俯瞰して見ると主人公、氷川サツキという人間が「自分」を得る話であり、それは本作で具現化された22枚のタロットたちの印象(タブロウ)とも多角的に繋がっている、と。
もう少し規模の大きな話になるかと思いきや、一人の少年の内面を深く深く掘り下げて語り切ったのには素直に脱帽。月刊連載とはいえイラストレーターとしても活躍する作者がこの密度の絵(しかもアナログ)で20年連載続けたのも驚異的。

2. 作:宮野美嘉、キャラ原案:碧風羽、ネーム:小原愼司、作画:楽楽 / 蟲愛づる姫君の結婚 ~後宮はぐれ姫の蠱毒と謎解き婚姻譚~ (1)

近年、なろう系とともにトレンドになってる感もある、中華風宮廷ものファンタジー原作小説のコミカライズ作品。買った決め手は「二十面相の娘」「菫画報」などの代表作を持つ小原愼司がネーム担当してる点ですね。文字通り、 蟲愛づる姫君(毒にも精通してる)が政略結婚されて、という話ですがやはり小原愼司の棘のようにチクチクする台詞のやり取りがあいかわらず「らしいな」と思わせる所もあり、原作ものでありながら、ちゃんと描き手のテイストも出ている作品だったので、良企画といった向きの作品ですね。

3. 塀 / 上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花 (3)

大学生生活とお酒が題材の百合作品。
気になって単行本は買ってはいる。けど、どこか引っ掛かりがなくて読み進めるのが億劫で、それも不味いなとちゃんと読み進めたら面白かったって作品ですかね。お酒がそこまで話のフックになるわけでもなく、登場人物のファッションや音楽趣味だったりと、作者のこだわりは強く感じるんだけどそれらが話に寄与するわけでなく。
不思議と掴み所と要領を得ない話が続いていくのだけど、非常に淡い感情のきざはしが積み重なっていって、キャラクターの内面が構築されていくという辺りが興味深い。絵やコマには映らない感情が交差していく感覚は他のマンガにはあまり感じられないものでその辺はこの作者の非凡な所。遅効性の毒のような、淡さと弱々しさにほろ酔う作品。酔いが回ると良いグルーヴを感じる。

4. 作:石川浩司、画:原田高夕己 / たまという船に乗っていた~さよなら人類編~

昭和末期に生まれ、平成の始めに一世を風靡した「たま」というバンドがあった。
本作はそのメンバーが語る自伝的エッセイをマンガ化した作品。いやあ、これはズルい。絵柄からもなんとなく分かるように、藤子不二雄A作品のマンガ文法を踏襲したコミカライズ。これがたまのバンドストーリーと合わさると非常にマッチしてるから卑怯。80年代末日本に訪れた未曾有のバブル景気。その片隅で自由気ままに活動してたら、いつの間にか時代の寵児に祭り上げられていたというそぐわなさ、というか居心地の悪さも含めてそのサブカルチックな匂いからも、藤子A先生のリスペクトと作者のたま愛がひしひしと伝わる。安定感のある読み味にほっとする作品。

5. 細野不二彦 / 1978年のまんが虫

昨今、頻出してる漫画家の自伝的作品に、漫画職人ともいうべき細野不二彦が参戦した一作。漫画家にしてはかなり特殊なデビューを果たしてる方なので、その辺の経緯をフィクションを交えながら自ら語っているのが興味深い所。合わせて島本和彦の「アオイホノオ」も読むと70年代末から80年代初頭の漫画業界の流れもなんとなく分かるかも。しかしこの作品から伝わるのは、作者の強い反骨精神だろうか。翻ればそれはしらけ世代が戦後世代に感じていた感情だろうけど、その熱っぽさが創作にぶつけられていき、マンガ・アニメ文化の爛熟期たる80年代へと向かっていく予兆を感じる、そんな静かな炎が燃えている作品に思えた。

6. 作:浅倉秋成、画:小畑健 / ショーハショーテン!(1)~(3)

個人的には昨今のお笑い、漫才ブームにはさして興味が無いのだけど、この作品は非常に面白く感じている。それはおそらく「人を笑わせる」メカニズムというかメソッドがきちんと描かれていて、それをちゃんとマンガで実践しているのが大きいのだろうと思う。
嬉しい誤算だったのはここに来て、作画の小畑健が「昔取った杵柄」を駆使している事ですね。元々、ギャグマンガ(CYBORGじいちゃんG)でデビューした漫画家なので、ギャグマンガの間の取り方も分かっているからか、描かれてる漫才ネタを「マンガとして笑えるように描いている」のはこの作品の大きな強みでしょう。この辺は漫才題材のマンガ作品における問題点の一つだったと思うんですけど、この作品はそこを上手く描けてるじゃないかなあ。識者が読んでどう思うのかが結構気になったりもしますが、バディものとしてもなかなか面白いのじゃないかと。あと漫才って演技要素もあるんだなと見方が変わったのも興味深かった。

7. 熊倉献 / ブランクスペース(3)

『これは、想像力についての物語。』
1巻帯の惹句にこう書かれた本作は形容のしづらい物語だ。青春ガールズストーリーでもあり、想像力というテーマの織り成す思春期の「全能感」を語った話でもあり、物語の「余白」を意識的に語った作品でもある。作品的、漫画的表現としての「空白」を表すことはマンガという表現手法において、描くのに困難を要する表現だ。絵でコマを埋めるマンガにおいて、「空白」を取り扱う事はかなり手間であるが、そこにテーマを見出し、物語を構築してるのは興味深い所。想像が想像を超えて、空白に物語が入り込む。本作は目に見えないものを実存を持って描こうとし、物語を結ぼうと試みた作品だろう。全三巻で一気読み推奨ではあるが、最終巻で物語に散りばめられた要素が収束し、さらに飛び越えようとした展開には美しさを感じた。終わりよければすべて良し。結末は各自確認されたし。

8. いしいひさいち / ROCA~吉川ロカストーリーライヴ~

これを取り上げる時点でなんか「負け」な気分なんだけど、仕方ない。朝日新聞朝刊で連載中の「ののちゃん」内から発展した、ポルトガルの大衆歌謡「ファド」の歌い手として成長していく少女を描いた物語。自費出版の同人誌ながら、22年のマンガ読みの話題をかっさらった作品。もう説明は不要でしょう。
この作品の凄いのは「行間」に他ならない。作品世界の空気感や息遣いや人物の佇まい、全て作者のコントロール下に置かれ、徹底されているが故に、画が「キマって」いるのだから恐ろしい。言葉に形容するとどって事のない物語、だからこそ絵と画にこれほどまでにニュアンスが落とし込まれているわけで。どれ一つ零れ落ちても成立しえない作品でしょう。それゆえに、アニメなら安濃高志監督に手掛けてもらいたい。終盤、主人公、ロカが佇んでいるだけの「画」をどのように仕立てるのか。可能性はほぼないだろうが、そういう想像を掻き立てずにはいられない、そんな作品だ

9. なかむらたかし / 未来警察ウラシマン -フュ-ラ-の真実-(タツノコ60thアンソロジー所載)

こちらはちょっと変則的。アニメ制作会社、タツノコプロの創立60周年を記念した企画で同社の名作群を寄稿作家がトリビュートした作品の内の一編で、企画の締めくくりに発表された短編。タツノコプロの出身者で、メインのアニメーターの活動の傍ら、漫画家としても活動したなかむらたかしの久々のマンガ作品にして、同氏がキャラクターデザイン・作画監督に関わった「未来警察ウラシマン」のアナザーストーリー。TVシリーズ制作時に一旦没になった設定を改めて組み込んで語った内容となっている。
恥ずかしながら原典をほとんど見ていないのではあるけれど、読みようによってはBLとも読める、「持たざる者の黒い情念」や「ままならぬ感情に突き動かされる人間の業」は本作でもブレてなくて、なかむらたかし自身の持つ作風が健在であることにファンとしては大満足ですね。個人的にはアニメの演出家というよりも物語作家として好きな人なので、また何らかの形で作品が見られることを待ち望んでいます。そういう意味では久々に氏の作品に触れる事ができて嬉しかった一編でも。

10. 高橋葉介 / 夢幻紳士 【夢幻童話篇】

日本一、いや世界一、創作者のコントロールを離れたキャラにして「紙面に生きる人間」と言っても過言でない、夢幻魔実也こと夢幻紳士の最新作。
しかし今作はなにやら趣が違っている。生みの親(作者)が言うように、いつになく饒舌で物語に積極的に関与してくるわ、普段よりも物腰が柔らかで別人のよう。読み進めていくと、答えは最終話に出ていた。

ひとつ所に長く居ると
澱みも深くなるものだ

そろそろ
祓い時かもしれんな


つまり「そういうこと」である。
ここまでアンコントローラブルなキャラクターだからこそ、引き際も自ら選ぶ。
むろん夢幻紳士は紙の中で生き続けるわけなので、別れるのは作者や読者の方なのは言うまでもないが。しかし本人の口からこの言葉が切り出された瞬間、合点がいった。これは全編通じて「さよなら公演」であり、最後の挨拶なのだ。
原稿用紙からも解き放たれた彼の旅路の行先はこれからどこへ向かうのか。それこそ神のみぞ知る、だ。観客は万雷の喝采をもって送り出すのが精一杯の手向けだろう。
……そう言ってると、天邪鬼だからふらっと戻ってくるかもしれないのだが。
なにはともあれ、一先ず。
「おさらば さらばさ」

次点:サザレイシヤチヨ / 課長! ダイエットのお時間です!(1)

これについては次点なので一言サラッと。
ヒロインの江角さんが良いキャラしてる。
話自体は「バカな主人と聡明なメイド」の亜種でダイエットネタですけど、適度な社会人コメディ感が楽しいやつです。


以上。
今年は総括なしです。